小学部だより

小学部だより 2025年7月号
小学部だより
〜Climate Justice〜
「あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。」(旧約聖書 詩篇104篇24節)
「地球が泣いている」と、ある児童がポツリと呟いたことがありました。連日、まとわりつくような湿気と暑さが続いています。東京は来週からも猛暑が予想され、雨が降っても、いなくてもグラウンドでの遊びは赤サインで制限される日が増えることでしょう。ここ最近の都心の夏は、「異常」気象というのが「平常」気象になりつつあります。日本だけでなく、世界でも、気候変動は各地で自然災害や干ばつなどを招いています。このような危機的な状況に対して、Climate Justice(気候の公平性・気候正義)という言葉が注目されています。気候正義とは、単に環境を守るということだけでなく、先進国に暮らす人々が化石燃料を大量に消費してきたことで引き起こした気候変動への責任を果たし、全ての人々の暮らしと生態系の尊さを守ろうとする取り組みです。Climate Justiceは気候の危機だけでなく、差別や格差社会、貧困の拡大、紛争などに対して、特に社会的に弱くされた人々への配慮や連帯を求める視点です。
気候変動の問題は、科学や環境の知識だけでは解決できません。そこには人間の暮らし方や経済のあり方、政治の問題など様々な解決困難な課題があります。課題は私たちの価値観そのものにもあるかもしれません。遠く離れた島国では、地球温暖化によって海面上昇で生活の場を失いつつある人々がいます。開発途上国では、気候変動によって農作物に影響が出て、現金収入が得られず、子どもたちが教育を受ける機会を奪われることもあるでしょう。
私たちは「敬神奉仕」の教えのもと、子どもたちが自らの小さな日常と世界の大きな課題を結びつけて考えることができるような教育を目指していかなければなりません。モノを大切にすること。給食の残菜を減らすこと。無駄な電気を使わないこと。日々の小さな心がけやエネルギーについて、資源について意識することは、「正しいことは何か」「弱い立場にある人を助けるにはどうしたらいいのか」という問題に向き合うことにつながっています。
この世界は、あらゆる存在が、ただ偶然や無秩序によってではなく、「知恵」によって形作られ、創造されました。気候変動の問題は、私たち人類が神さまから離れて自己中心主義の生き方を選び、自己の利益優先によって他者を顧みなかったことの報い、結果とも言えるでしょう。そうであればこそ、神さまの「知恵」であるところの「互いに愛し合うこと」、毎日の生活の中で、小さくても、正しい選択をし続けることがClimate Justiceへとつながることになるのでしょう。
キリスト教学校の教育は、この小さくても正しいことを教えることが、目的であり使命です。
小学部長 𠮷田太郎
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