小学部だより
小学部だより 2026年3月号
小学部だより
〜受難節を迎えて〜
今や、恵の時、今こそ救いの日
(コリントの信徒への手紙二 6章2節)
教会暦(教会のカレンダー)では、「受難節」(Lent)の季節を迎えています。「受難節」とは、イエス・キリストの十字架の意味を静かに思い巡らせ、「復活祭」(Easter)へと備える大切な期間です。教会や教派によって「復活前節」「四旬節」「大斎節」と様々な呼び方がありますが、プロテスタント教会の多くでは「受難節」と表現されています。またLentとは英語のLengthenから派生しており、語源的には「長くする・伸ばす」という意味を持つ言葉とも関連しているそうで、日が長くなる春の季節の中で、私たちの祈りと信仰も深められていくことが願われていると言われます。
さて、この「受難節」の始まりの日を「灰の水曜日」(Ash Wednesday)と呼びます。今年は2月18日でした。この日から、4月5日の復活日まで、日曜日を除く40日間が「受難節」(Lent)となります。この「灰の水曜日」にはユニークな儀式が行われます。それは前の年の「棕櫚の日曜日」(Palm Sunday)の礼拝で用いた棕櫚の葉をとっておいて、それを燃やして灰をこしらえたものを、「灰の水曜日」の礼拝の中で司祭が指で信徒の額に十字の印をつける。というものです。朝の礼拝で額につけられた灰はその日1日、洗わずにずっとつけておかなければならない、という習慣です。これは「人は土から造られ、土に帰る」という聖書の教えを象徴しています。「灰」とは人間の命の有限さを象徴し、悔い改めと祈りを表します。そして、悲しみだけではなく、自らの過ちを振り返り、神に立ち返る決意のしるしでもあります。
また、「受難節」は、単なる断食や修行の期間ではありません。イエス・キリストの苦しみに心を寄せながら、私たちが隣人のために何ができるかを考える期間です。そのために「奉仕」「祈り」「分かち合い」ということが大切にされます。
教会では、この期間は同時に「洗礼」に備える重要な期間としても大切にされてきました。復活日に洗礼を受ける人々が、信仰や生活について学び、祈りを重ねて準備するためです。私たちもまた、信仰生活を整え、神との関係を新しくする歩みへと招かれています。苦難を心に留め、40日後に洗礼を受けるという伝統です。私は幼児洗礼でしたので、高校時代に春のイースターの日に、改めて自らの意思で按手礼というものを受け、生涯キリスト教徒として歩んでいく決意をしたことを懐かしく思い出します。
先日、陣内チャプレンの東美教会の礼拝に出席させていただいた折に、チャプレンのメッセージから気づきを与えられたことがありました。それは、イエスさまご自身は30歳で神の国運動、いわゆる宣教の旅を歩まれましたが、まず初めにヨルダン川で洗礼者ヨハネより洗礼を授けられた、ということでした。洗礼を受けて、それから荒野に退かれ、断食。そして悪魔の誘惑をお受けになった。これが古代から続く教会の伝統とは何故か順番が違っているのです。「受難節」での悔い改めがあってから「洗礼」クリスチャンになる、というのと、「洗礼」を受けてから、荒野で「誘惑」苦難を受ける。この順番の違いについて考えさせられました。キリスト者とは?洗礼とは?クリスチャンになってからの生き方こそが重要であり、私たちのお手本であるイエスさまが歩まれたように、自分の十字架を背負って歩むことの意味を問い続けることが求められているのではないかと考えさせられます。
コリントの信徒への手紙二5章20節〜6章2節には「神と和解させていただきなさい」「今や、恵みの時」という御言葉があります。神との関係を回復し、今この時を恵みとして生きるようにとの呼びかけです。イエス・キリストの歩みを一日ごとに思い起こしつつ、「受難節」を過ごしていきたいと願っています。
小学部長 𠮷田太郎
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